「投げよう」を卒業することの難しさ

真正直に相手に対すること。

● 上半身の力だけ抜いても相手を動かせるが、相手は生きたままだ。ぶった斬ることはできない。

● まやかしをしないように。

● 縦軸(中心軸・正中線)横軸(体側の線)をしっかりと。

● 自分の中心で受けを取るように。

● 腰を引かないように。

● 居つかないように。

● どこも自分のからだに固まったところがないように。(固まったところがあると、相手はそこを突いてくる)

● 柔らかいけど一塊りになって動くこと。

● 投げようとするな。(投げようとすると自分の体が固まるし相手が反発してくる。)

● 自分が斬られる場所に自分の身を置くように。

● 自分が受け身を取れる位置で技を掛けるように。

● 赤ちゃんを抱いているように。

● 相手が自分の「姿勢」を教えてくれている。

 

以上は、山本先生からご指導いただいていることの断片です。(ただし、言葉そのものは先生が実際言われた言葉とは少し違っていますし、取り違えしていることもあると思いますが、ご容赦ください。)

 

私は「投げよう」とする発想を卒業した稽古をしたいと願っていますが、現実的にその心境、技量に達するにはまだまだです。稽古でうまく受け手が崩れないと、ついつい無理に「投げよう」として、先生から「投げようとしている」とか「(力が相手と)ぶつかっている」と指摘され、無意識、反射的に何とか相手を「投げよう」と力んだり、小手先の「技術」に走ったり、「投げる」ことに囚われて無理をしようとしている自分に気付かされることがしょっちゅうです。

 

先生は小手先の「技術」に走って「投げている」とそこで成長は止まるし、体の大きな腕力の強い人が相手では技は効かないと言われます。そうなっては合気道を稽古する甲斐がなくなってしまいます。

 

私が先生に再び入門させていただいたのは五十歳を目前にして体力の衰えを何とかしたかったのが切っ掛けですが、スポーツや勝敗を競う格闘技とは異質の合気道の奥深さに魅せられて稽古に通っています。

 

先生にご指導いただき縦軸(中心軸・正中線)横軸(体側の線)を心気体の現実を通じて練っていく過程で、人間のもつ可能性を磨き、人間の尊厳性の輝きに触れることができれば有り難いと願っています。

 

2007年3月4日

 

(Kー1級記 男性)